あらすじ
国民の97%が、感情と色を失った。
精巧で冷たいモノクロームの世界。人々は「色彩認知剥離症(CPDS)」に侵され、喜びも悲しみも、灰色の等価値でしか感じられなくなっていた。
唯一の希望は、謎の覆面歌姫赫映もんろ。彼女の歌声だけが、人々の心に一瞬、色彩をよみがえらせる。
だが、その力には、とてつもない代償があった。
彼女は“器”だった。千年の時を超え、107人の巫女たちの意志を受け継ぎ、苦しむ人々から「自身の顔を認識する記憶の一片」を預かる“貸し手”。その代わりに、一時の色彩と情感の麻痺を“貸し与えて”いた。
彼女の顔は、無数の他人の面影で塗りつぶされ、本来の自分を失いつつあった。
尚羅夢は、厚生労働省の監視官。もんろの“器”としての限界を監視し、彼女が完全に自我を失い暴走する前に、消去する任務を負っていた。彼自身、CPDSで妻を失った過去を持つ。使命に忠実な彼だったが、監視を続けるうちに、もんろの内に潜む、誰の借り物でもないひとつの確かな魂の輝きに、引き込まれていく。
国家は彼女を“最終兵器”として管理し、過激派組織は彼女を“殉教者”として祭り上げる。
やがて、もんろは決断する。借りたものは、返さなければならない――と。十万人を収容するスカイツリー特設ステージ。全世界が見守る中、彼女は最後の歌を歌い始めた。それは癒しの歌ではなく、千年分の“借り”を一挙に清算する、大いなる帰還の儀式だった。
彼女の顔から、光の粒となって無数の記憶が飛び立ち、世界に色が戻っていく。彼女の体は、透明になっていく――。
「ごめんなさいね、長い間」
「ありがとう……顔を、貸してくれて」
世界に色を返すために、彼女は自分を返した。
監視官は、果たして彼女を消すべきか。それとも、たとえ世界を敵に回しても、最後の瞬間まで、彼女が“彼女自身”であり続けることを見届けるべきか――
これは、色を失った世界で、たった一つの“本当の私”をめぐる、痛くて、愛おしい物語。