あらすじ
時間は一方向に流れると人間は信じている。しかし経済学にも宇宙論にも、時間の“もう一つの姿”――虚数時間の存在が示唆されている。時間は海であり、因果はその海面に描かれる波にすぎない。波が砕ければ別の世界が生じ、またどこかで収束してゆく。本作は、三つの世界――拘置所での一夜、二万五千光年の彼方の艦隊の最期、そして量子経済モデルが世界秩序を書き換える未来――が、ひとつの虚数時間の“波”として重なり合い、最後に収束していく物語である。
主人公・門馬ヒロシは若き日の過ちから拘置所に送られ、そこで奇妙な老人と同室になる。老人は自らを、蠍座十八番星イルシオンの第五惑星クレモナス出身だと言う。妄想と片づけるべき話だが、老人の描く“時間の展開図”は明らかに高度な数理構造を持っていた。ある夜、拘置所を虹色の光が満たし、卵形の白いポッドが現れる。ポッドは老人を「エフレーモフ艦長アカシ大佐」と呼んだ。老人はポッドの医療処置で若返り、青い制服を纏って未来へ帰還していく。ヒロシはその姿を確かに目撃した。
ヒロシは保釈後に大学へ復学し、やがて証券会社で未来予測AI〈ILSION〉を開発する。彼は「過去に起きなかった世界」の確率分布を大量に計算し、分岐した時間の矢の“先”を推測する方法を編み出す。これが活動家の目にとまり、世界中の金融トランザクションをリアルタイムに量子コンピュータネットワークに入力し、未来を単なる予測ではなく“平衡状態へ収束”させる“量子経済モデル(QEM)”の基盤となっていく。
ヒロシは会社を辞め、QEM構想の工作員として活動する。証券市場、中央銀行が次々とQEMに陥落していき、やがて透明性のない政治体制は資本流入から締め出され、世界の経済秩序はゆるやかに変容していく。ヒロシの創造した“さざ波”は、やがて世界規模の津波へと成長した。
一方でアカシ艦長の記録は、〈ILSION〉の演算過程の“ハルシネーション”から出現する形で物語に割り込む。彼の艦は、負エネルギー航法を感知して襲来する暗黒生命体“DM”に包囲され、宇宙の摂理そのものによって破壊されつつあった。艦は「時間的ビッグバン」に巻き込まれ虚数時間に飲み込まれる。艦載された救命ポッドには“虚数時間捜索プログラム”が搭載され、それを開発したのが若き日のヒロシ――モンマ中尉であることが明かされる。アカシとヒロシの時間線は、遥かな虚数時間の海のどこかで既に交差していた。
老年となったヒロシは、巨大地震で妻を失い、一人海辺のコテージで余生を送っていた。書斎の本棚から、かつて拘置所で老人が描いた“時間の展開図”が見つかる。それは“何も起こらなかった”とAIが主張した特異点が、実際には消失していないことを示していた。あの夜の出来事は妄想ではない。虚数時間の矢は断ち切られておらず、どこかに続いている。
そしてある秋の夜、風と波の音にまじり、五十年前の声が聞こえる。「若者よ、一緒に行かないか?」庭には再び虹色の光が降り、卵形の救命ポッドが着地する。ポッドは言う。「あなたを救助に来ました。時間のワームホールはすぐに閉じてしまうので、早く乗ってください。アカシ大佐が待っています」。ヒロシは老いた身体のまま乗り込み、ポッドは虚数時間の深海へ消えていく。
本作は、個人の運命、宇宙戦争、経済システムというスケールの異なる三つの物語が、虚数時間という“見えない次元”でつながっていることを描く。拘置所の一夜に起きた微細な“波”は、壮大な時間の海の中で反射し、老いた主人公のもとへ半世紀後に帰ってくる。科学と人間の記憶、因果の限界を問う――風と波の物語である。
本作の時間論は、時間反転対称な力学系が統計的混合によって不可逆性を生む(Anosov力学・SRB測度)という現代理論に基づいている。
AI使用について
※なお本作では、物語構成の検討、SF概念(虚数時間など)の参考解説、描写の改善案の助言、誤字脱字や表記ゆれの指摘など、編集的な補助としてAI(ChatGPT5.2)を使用しました。
本文の文章そのものはすべて応募者本人が執筆・推敲したものです。