あらすじ
同じ間取りの地獄
玄関を開けると
どの部屋も同じ匂いがする
新品のフローリング
均一な白い壁
生活を始める前の、
まだ誰のものでもない空気
幸福は、
だいたいこの形をしている
三LDK
南向き
対面キッチン
家族の会話が弾む設計
パンフレットには
笑顔が印刷されている
どの家庭も
同じ場所にソファを置き
同じ場所にテレビを置き
同じ場所に観葉植物を置く
そして同じ場所に
小さなシミができる
最初に気づくのは、
だいたい子どもだ
「ねえ、あそこ」
大人は笑う
「気のせいよ」
気のせいにして
光の角度を変える
家具をずらす
写真を加工する
幸せは修正できる
でも
シミは消えない
それは水漏れじゃない
事故物件の名残でもない
誰かのために黙った言葉
言わなかった「助けて」
言い過ぎた「大丈夫」
そういうものが
少しずつ壁に染み込む
隣の部屋も
その隣の部屋も
同じ形の天井の下で
違う種類の夜を抱えている
怒鳴らない夫婦
完璧な母親
仲の良い親子
それぞれの地獄は
静かで
整っていて
よく片付いている
廊下の足音は
みんな同じ音がするのに
扉の内側では
違う呼吸が
違う孤独が
違う後悔が
同じ寸法の空間を満たしている
幸せは
コピーできる
カーテンの色も
照明の温度も
朝食の写真も
でも不幸は
手作りだ
型紙はない
説明書もない
それぞれの胸の内側で
少しずつ
滲み出していく
工事の日
壁を壊しても
何も出てこない
カビも
水も
血も
ただの白い断熱材
なのに
誰もが知っている
あの場所に
確かに
何かがあったことを
新しい住人が入る
また同じ間取り
また同じ白い壁
子どもが指をさす
「ねえ、あそこ」
母は笑う
「気のせいよ」
そして地獄は
静かに
次の家族仕様に
カスタマイズされていく