あらすじ
夜の市役所。臨時窓口で働く私は、申請書を「検品票」に載せ替えて処理している。新しく導入された判定語は――雪/月/花。
雪=身元が確か、月=記録が整合、花=“帰属先”がある。三つそろえば受理。欠ければ保留、または「返送」。
ある夜、持ち込まれたのは、町内で最近増えている“住民票にいない人”の申請だった。検品票には赤い丸印が二つだけ貼られ、雪と月は合格。だが花の位置だけが空白で、そこに薄い桜色の粉がわずかに付着している。
外の窓には満月。蛍光灯の冷たい光の下、室内に雪のような紙片が舞う――ここは密閉されているはずなのに。
私は手順どおり「花」を求めて台帳を開く。すると、花の欄に現れるのは住所ではなく、“返送先”の文字だった。返送先は、いつも同じ。「市役所」。
つまり彼らは、どこにも属せないのではない。最初からここに“戻されて”きている。
「花」を押せば、申請者は存在を確定する代わりに、どこかを失う。押さなければ、今夜のうちに“返送”され、朝には誰も覚えていない。
満月が窓に滲む中、私は検品票の空白に指を伸ばす。桜の粉が、私の指先にも付いた。――次に「花」を押されるのは、申請者ではなく、私かもしれない。