あらすじ
バーで語られるのは、一組の幼馴染の男女の奇妙で痛ましい物語。
幼い頃から女に尽くし続けてきた男は、大学時代、偶然のいたずらから女に催眠術を掛けてしまう。
それは冗談半分の遊びのはずだった。だが、女は本当に催眠に落ち、男に恋するよう暗示を受け入れてしまう。
それから数年。
女は男遊びをやめ、献身的に男を愛し、二人は結婚し、子どもも授かる。
男は“手に入れた幸福”に酔いしれながらも、ふとした瞬間に妻が虚空を見つめる姿を目撃する。
――この妻は、本当に自分を愛しているのか?
――それとも、催眠で作られた“偽物の心”なのか?
疑念は男の心を侵食し、やがて愛も欲望も奪い去る。
妻を抱いても、子を抱いても、男は「本物の心」を信じられない。
悩み抜いた末、男は結論を出せないまま、妻子の前から姿を消す。
生きているのか、死んでいるのかもわからないまま。
バーで語り終えた女は、最後に一言だけ残す。
「40手前の白髪の男性が来たら伝えて。
――小夜子は、今でもあの家で待ってると」
その言葉を残し、彼女は静かに立ち去った。