あらすじ
第9話:削除された死亡時刻
「あなたの番」
その言葉は警告なのかそれとも予告なのか。
佐倉は端末の画面を見つめた。自分の名前はまだ載っていない“空白の欄”が一つだけ残っていた《未記入》「……ここに私の時刻が入るんだ」その夜、佐倉は初めて自分のカルテを取り寄せた幼少期の入院記録。交通事故。一時、心停止。蘇生までの時間3分そこに見覚えのある数字が薄く書き込まれていた00:03「……これって」“境目”生と死の境界その瞬間スマホが震えた件名:起点 本文:「あなたは一度、時刻を越えた」「だから見える」佐倉は打ち返した「あなたは誰?」少し間があって返信が来た「あなたと同じ」「死んで戻った」「だから記録の外にいる」佐倉は胸を押さえた。「…あなたは」「最初の“削除例”」「研究の前に偶然、起きた」その言葉ですべてが繋がった。“記録係”は研究の被害者ではない。その前に存在した例外。「あなたは何をしたいの?」返信は短かった。「均す」「ずれた時刻を元に戻す」「死ぬはずの人を殺すこと?」「違う」「死ぬ“と決められた人”を、解放する」佐倉は隔離病棟の男を思い出した。「……私は?」「あなたも解放できる」「どうやって?」「自分の時刻を書かせない」「もうすぐ書かれる」その瞬間、佐倉の端末に新しいファイルが作られた。患者名:佐倉 ○○ 死亡時刻:空欄のままカーソルが点滅している。ピ…ピ…ピ…心拍のように「……始まった」佐倉はキーボードに指を置いた。“記録係”の文字が夢の壁に浮かぶ。「先に消せ」佐倉は自分の名前の行を選択した。削除キーに力を込める。その瞬間、視界が白く染まった。病室。幼い自分。医師の声「……心拍、戻ります」カチ。時計が動き出す音。画面が戻る。そこにあったはずの自分の名前は消えていた。佐倉は息を吐いた。「……私は記録から外れた」だがすぐに新しい行が現れる。患者名:不明 死亡時刻00:03佐倉の喉が鳴った。「……身代わり?」スマホが震えた。件名:警告 本文:「消すたびに空白は別の誰かで埋まる」「この“仕組み”を壊さない限り」佐倉は机を見つめた。「……じゃあ記録そのものを」彼女はフォルダを開いた。《臨床時間操作試験》《隔離病棟リスト》《改ざん死亡時刻》すべて一つの管理サーバーに繋がっている。「……ここが心臓だ」佐倉はUSBを差し込んだ。削除じゃない。改ざんでもない。公開だ。彼女はデータ送信を開始した。宛先:報道機関 警察 医療監査機関送信中そのとき画面に最後のメッセージ「均衡が崩れる」「それでもやる?」佐倉はキーボードを押し切った。「……やる」送信完了。同時にサーバーの画面が赤く染まる。《記録破損》《時刻同期不能》病室のモニターが一斉に音を立てる。ピ――だが警告音ではない。“再起動”の音だった。佐倉は椅子に崩れ落ちた。世界はまだ動いている。だが“時刻に縛られた死”は崩れ始めていた。