あらすじ
大学のゼミで出会った彼は、静かで、言葉が少なく、どこか現実から半歩だけずれている男だった。恋愛の言葉を使わない。
愛しているとも、付き合おうとも言わず、感情はいつも、比喩の中にだけ置かれる。
友人の「元恋人」だったという事実は、彼女の胸に小さな棘を残す。
それでも、視線は自然に彼を追ってしまう。
彼は、彼女の手を見る。利き手を見抜き、過去を言い当て、そして「シロクマの王国」という、どこにも存在しない場所の話を始める。
そこでは、誰も矯正されず、誰にも期待されない。ただ愛だけがある白い世界だという。
それが寓話なのか、誘惑なのか、逃避なのか、彼女にはまだ分からない。けれど彼の言葉に触れるたび、彼女は長いあいだ隠してきたもの――手と、本当の欲望を、静かに思い出していく。
彼は言う。
「左利きしかいない国があるんだ」
白い雪と白い獣だけの、誰にも踏み荒らされない王国。
冗談のようで、寓話のようで、
それでも彼の語る世界は、なぜか胸の奥に引っかかる。