あらすじ
聖教国ルミナリスの象徴、聖女リィネ・アステリア。
彼女は「人類の希望」として育てられ、人々を脅かす魔王ヴォルガ・ドレッドノートを討つことを宿命づけられていた。
しかし、魔王による王都襲撃の際、リィネは決定的な「違和感」を目の当たりにする。
天を裂く魔圧、崩落する城壁、逃げ惑う人々。光景だけを見れば地獄そのものだったが、癒やしの力を極めたリィネの瞳は、戦場の異様な「清潔さ」を捉えていた。
「どうして……これほどの破壊が起きているのに、死者の気配がしないの?」
瓦礫は不思議と逃げ遅れた子供を避け、漆黒の雷は人々の足元を穿つだけで急所を一つも掠めていない。リィネは確信を抱き、ヴォルガが放った最後の一撃をその身で受け止めた。その刹那、指先から伝わった魔王の魔力には、殺意ではなく「悲鳴のような孤独」が混じっていた。
「魔王様……貴方の魔力には、殺意ではなく『祈り』が混じっていますわ」
リィネが辿り着いたのは、残酷な真実だった。
魔界の大地は、人間から吸い上げる「恐怖」を魔力源としなければ維持できない。歴代の魔王は絶望を煽るために殺戮を繰り返してきたが、現王ヴォルガはそれを拒絶した。彼は己の強大な魔力を、「人を殺さないための精密操作」に費やしていた。瓦礫を積み上げて恐怖を煽りつつ、死人を出さない。それは魔力をそのまま放つよりも遥かに困難な、精神を削る苦行だった。
真実を公表しようとしたリィネを待っていたのは、教会の冷酷な裏切りだった。魔王という「敵」を維持して権力を保ちたい教会にとって、ヴォルガの優しさは都合の悪い事実でしかなかった。リィネは「偽聖女」として追放され、刺客に追われる身となる。
命からがら逃げ出したリィネが辿り着いたのは、皮肉にも討伐対象だった魔王城。
そこには、軍師バルトスや魔導師セレスに見守られながら、次の「偽りの襲撃」のために魔力を練る、不器用な王の姿があった。
「……何故ここへ来た、聖女。俺に殺されたいのか」
「いいえ。貴方のその下手くそな『嘘』を、私が最高の『癒やし』で書き換えて差し上げますわ」
世界を欺きながら、恐怖を「愛」に書き換える新しい奇跡を。
孤独な魔王と、追放された聖女。二人が織りなす、偽りの世界への反旗が今、幕を開ける。