あらすじ
取り柄なしと告げられた日から、自分の価値を信じたことがない。
傾いた塔を見た瞬間、指が動いた。 基礎の沈下、梁の歪み、壁のひび。 前世で何百棟も診てきた体が、この世界でも勝手に建物を読んでしまう。
実家で取り柄なしと告げられた末に送られた先は、遠方の公爵邸。 期限つきの結婚。条件はそこに住むこと。 届いた屋敷は半分が廃墟で、迎えた相手は目を合わせようとしなかった。
壊すつもりだったと語るその人の前で、直せますと言い切ってしまう。 彼女は夜中に一人で塔の図面を引き始めた。
直すほどに、この家の空気が変わっていく。 頑なだった人の目が少しずつ動く。 閉ざされていた場所が一つずつ開いていく。
けれど建物は正直だ。 手を入れれば入れるほど、隠されていたものにも触れてしまう。
それでも彼女は道具を置かない。 崩れかけた構造を前にすると、考えるより先に体が動いてしまうから。
この屋敷の沈黙には理由がある。 彼女はそれに気づき始めている。
でもその先にある自分自身の壊れた場所に気づく日は来るのだろうか。