あらすじ
かつて黒を纏った少年がいたことを、私はふとした瞬間、いつまでも思い出す。
すべての発端は、小学五年生の春、風戸智(かざとさとし)と同じクラスになったことから生じた。
風戸は常に全身を黒に包んでいる、変な人間だった。
無論、服だけならばただ単に黒が好きな人間で済むのだが、風戸はマジックで上靴を塗り潰しているほどの全身黒人間だった。
変すぎる。関わらないでおこう。
そう思っていたのに、私の梶椿(かじつばき)という名前がそうはさせてくれなかった。当然のように隣の席になった私は、自己紹介がてら、マジックではなく筆や墨汁を使った方が早いのではないかとアドバイスする。
すると風戸からの屈託のない笑みと「椿ちゃん頭いいんだね」という褒め言葉にくらっときてしまい、不覚にも恋に落ちてしまう。
風戸と友達として一緒に遊んでいるうちに、もっと彼のことが知りたい、彼に近づきたい、いろんな表情が見たいという欲望が湧き上がる。私は夏休みの最終日、自分の上履きを墨汁に沈めた。
それを見た風戸は、こんな奇妙なことなんて辞めなければならないと気がつく。翌日から、別人みたいな赤と白の上履きを使い始めた。
しかし私はかつての風戸に縋ることしかできず、あらゆるものを黒で統一する。
やがて小学校を卒業し、中学から下校していた最中、たまたま駅前で風戸と再会する。流れでもう一度遊ぶことになったのだが、かつての風戸は面影程度にしか存在せず、変わらないのは自分だけだと突きつけられる。
会わなくなって数年が経ち、大学に入っても、私は変わらなかった。持ち物をすべて黒に統一し、服も靴も極力黒で揃え続ける。風戸が手放したものを、私だけは抱え続ける。
大学からの帰り道、たまたま本屋で風戸を見かけた。
風戸はやはり一般的なファッションをしていて、身体も成長してほとんど別人みたいだった。
それでも私は風戸だと気がつくが、風戸は私に気がつかないまますれ違う。