あらすじ
姉の名前で座る椅子には、もう慣れたはずだった。 髪の色も瞳の色も同じ姉妹だから、15回、誰にも気づかれなかった。 16人目だけが、たった三分で見抜いた。
リゼットはレストル王国の伯爵家の次女。 社交デビューすら許されないまま、見合い嫌いの姉に代わって別人のふりを続けてきた。 声を真似て、仕草を真似て、自分の名前を捨てて座る席に、疑問を持つことすらやめていた。
けれど16人目の相手は怒りもせず、追及もせず、ただこう言った。 あなた自身の話を聞かせてください、と。
その日から歯車が狂い始める。 父には「姿を消せ」と追い出され、頼る先もないまま、リゼットは見抜いた本人のいる異国の図書館へ向かう。
与えられたのは、小さな部屋の鍵と、臨時補佐という肩書き。 姉のために暗記した知識が、ここでは自分の名前で必要とされる。
ただ、あの人が差し出すものの理由が、まだわからない。 優しさなのか、義務なのか、それとも別の何かなのか。
報告書の期限は三十日。 あの人がそこに何を書くかで、姉の縁談も、父の体面も、すべてが変わる。
そして自分の名前を呼ばれるたびに、胸の奥で小さく軋む音の正体を、リゼットはまだ知らない。