あらすじ
ぬいぐるみ専門の小さな病院で、蒼介は祖母の手元を見つめている。
運び込まれてくるのは、綿が潰れ、縫い目がほつれ、それでも手放されなかったぬいぐるみたち。祖母はその腹を静かに開き、灰色に固まった綿を取り出す。けれど、すべてを捨てるわけではない。潰れた綿を丸め、新しい白で包み、もう一度戻す。そして、縫い目はあえて残す。
「元通り」にはしない。
それは、抱きしめ愛しんだ跡を消さないためだという。
一方で、蒼介の母は外科医として人の身体を切る。悪いものは取り除く。それが正しさであり、救うということだ。
切除と修復。
取り去ることと、残すこと。
どちらも誰かを思っての選択だと知りながら、蒼介の心は揺れる。
やがて彼は、自分の手でカルテを記す。
そこに書き添えたのは、「傷あと:良好。」という一文だった。
消さなかった跡の中に、失われなかった時間があるのなら。
治すとは何かを問いながら、ひとつの継承が静かに始まる。