あらすじ
「あなたの人生、いくらなら売りますか?」
記憶の売買が合法化されて十一年。夢編集者・朝倉ユイ(三十歳)は、依頼人の記憶を商品として再構成する仕事に就いて四年になる。老人の六十二年分の記憶、全てを売りたい女、買い戻せない恋愛の記憶——毎日持ち込まれる切実な人生に誠実に向き合いながら、ユイ自身の感情は少しずつ希薄になっていた。
規制局の桐島がユイの前に現れたのは、そのころだ。無愛想で、何も言わない男だった。ただ一言だけ告げた。「あなたが笑えなくなっていることに、あなた自身が気づいていない」
やがて判明する事実——ユイの記憶は六年間にわたり、会社の外部顧問・室田によって無断で編集・売却されていた。桐島との出会いも、仕事への情熱も、全て商品として市場に流れていた。
怒りの中でユイは室田と対峙する。「橋渡しをしているだけ」と笑う室田の論理は、ユイ自身の仕事とどこが違うのか。同意の有無か、それとも。
答えを出せないまま、ユイはある商品を市場に投入する。説明文は一行だけ——「何も起きません」。何も録音されない、ただ静かな二十分間。市場視点では価値ゼロのその夢が、やがて静かに広がっていく。
室田は市場の論理に飲み込まれ孤立し、ユイは笑い方を少しずつ取り戻す。普通の月曜日に、仕事を続けながら。