あらすじ
私立大学の古びた研究棟。その最奥にある民俗学研究室には、ある奇妙な噂がある。
そこには「人間嫌い」の准教授と、「彼にしか見えない」助手だけが暮らす、静寂の聖域があるのだと。
主人公・絃聡一郎(げん・そういちろう)は、極度の潔癖症にして偏屈な民俗学者だ。
彼にとって「生きる」こととは、汗をかき、垢を出し、他者と粘着質な情動をぶつけ合う、生理的に耐え難い「汚染」の連続でしかない。
常にマスクと手袋で武装し、他人の握ったおにぎりすら口にできない彼が、唯一、素手で触れ、安らぎを得られる存在。
それが、研究室に住み着く美しい幽霊・帷繭(とばり・まゆ)だった。
彼女には体温がない。脈拍もない。老いも腐敗もなく、ただ陶器のように冷たく、清潔だ。
聡一郎は彼女のケアに依存し、彼女もまた聡一郎の存在を拠り所とする、歪な「共犯関係」にあった。
そんな彼のもとには、なぜか厄介な「現代の怪異」ばかりが持ち込まれる。
学生アパートの隙間から溢れ出す髪の毛。深夜のコインランドリーで乾燥機に詰まった「人粉」。埋め立て地の古井戸から湧き上がる黒い汚泥。
聡一郎は吐き気を堪え、民俗学の知識と、バールやドライバーといった「物理的手段」を用いて、システムのエラーである怪異を解体していく。
泥に塗れ、人間社会の汚濁に触れるたび、磨耗していく聡一郎の精神。
そして、彼を「あちら側」へ引きずり込もうとする繭の甘い誘惑。
そこへ、彼を救おうとする女子学生の「重すぎる善意」や、正義を振りかざす「天才祓い屋」までが現れ、二人の静寂な世界を脅かし始める――。
救われたいのは、生か死か。
美しいのは、正気か狂気か。
潔癖な准教授と地縛霊の少女が織りなす、切なくも背徳的な、愛と破滅の講義録。