あらすじ
五年間、私は薬草室から出なかった。 三つの領地に届ける疫病予防薬を調合し、 季節ごとに配合を変え、毎月四十二瓶を仕上げる。
それが夫の功績として称えられていると知ったのは、 久しぶりに出席した夜会の片隅だった。
処方箋には、すべて夫の名前が記されていた。 私の筆跡で、私の配合で作った薬なのに。 社交界では私は何もしない妻と呼ばれていた。
寝室は入籍の日から一度も同じになったことがない。 五年間の結婚に、夫婦としての実態は何もなかった。 帳簿の最後のページに、私は六文字だけ書き残した。
薬師ギルドの扉を開けた日、 十年前の資格試験で私の答案を読んだ人が待っていた。 あの人は、私の資格を失効させずに残していたという。
自分の名前で薬を届けるとはどういうことか。 誰かに名前を呼ばれるとは、どういうことか。
帳簿に書いた六文字の意味を、 夫が知るのはもう少し先のことになる。