あらすじ

朝の通勤電車。並走する車両の窓越しに、いつもその男がいた。 同じようなスーツを纏い、同じような疲れを瞳に宿した、自分とよく似た記号。 ​線路の切り替えポイントで生じた、重苦しい振動。 それは、二人の人生を入れ替える、唐突なエラーだった。 ​他人の生臭い口臭。じとりと湿ったマスク。自分のものではない体温の余韻。 ​四十五年間積み上げてきたはずの自分らしさは、外殻が入れ替わっただけで、あっけなく霧散した。 同僚も、上司も、そして血の繋がった母ですら、声という情報の近似値だけで満足し、中身の変質に気づかない。 ​自分という固有のはみ出した線を消せば消すほど、社会という完成された図面の上で、ぼくは正解として扱われるらしかった。 ​自分という存在は、唯一無二の結晶などではなく、ただの替えのきく汎用品に過ぎなかった。 ​二人の入れ替わりは、ラブロマンスではなく絶望の始まりだった。

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カクヨム
カクヨム2026/03/01
  • 現在の作品ぼくの替えは、ぼくよりも上手くやっている