あらすじ
朝九時、渉は今日も膨大に流れ込む投稿を監視し、「消えろ」を「お消えください」に変える。怒りや憎しみの言葉は、敬語をつけることで呪力が薄まる。しかし渉は、こうして感情を「薄める」作業が、言葉を「殺す」ことに似ていると感じていた。
ある日、「お幸せに」という投稿が三万件以上繰り返され、都市の人々が誰も悲しまず、笑顔だけを浮かべる異常事態が発生する。投稿者の狙いは、善意の言葉による“幸福の強制”だった。渉は現地で、泣けない人々——痛みや喪失の感情を奪われた街を目にする。
やがて投稿の発信源が、渉の父・鏡真一郎だと判明する。元研究者の父は「言葉で人が傷つく世界を終わらせたい」と、悲しみや怒りを幸福で上書きしたと言う。渉は、感情を削り取るその行為こそが言葉の死だと反論し、父の理想と自身の仕事の矛盾に直面する。渉は「人が泣く権利」を守るため、装置を解除する決断を下す。抑圧されていた感情があふれ、街は混沌に包まれるが、人々は再び生きた表情を取り戻した。
三週間後、渉は職場に戻り、いつものように投稿の処理を続ける。「消えろ」という書き込みに対し、今回は削除ではなく支援の連絡を選ぶ。言葉の背後にある「声」を聴こうとする渉の姿に、彼の答えが示される。――“おまじない”は、かける相手ではなく、かけた人の方を向いている。