あらすじ
西暦207X年――。
人類は“効率”を極めた末に、ある大切なものを失っていた。食事はすべて管理された完全栄養食へと置き換わり、ゼリー状の配給食やサプリメントで一日に必要な栄養素は完璧に補給される。空腹も満腹も数値で制御され、調理という行為も、香りも、味の記憶も、過去の文化として記録に残るのみ。かつて人々を結びつけていた“料理”という営みは、この超・効率化社会の中で静かに消滅していた。
そんな無味乾燥な現実に対し、熱狂的な支持を集めているのが、超高倍率の抽選を突破しなければ手に入らない最新VRハードによって体験できる“神ゲー”だ。
この仮想世界では、味覚・嗅覚・痛覚までもが完全再現され、物理演算や化学反応に至るまで現実同様にシミュレートされている。焼けば焦げ、煮れば香り立ち、空腹になれば本物のように腹が鳴る。そこで初めて、人々は“本物の味”を知ることになる。
だが、その没入感の代償は重い。
このVR世界では一度でも死亡すればアカウントは完全消失――二度とログインできない。蓄積した経験も、築いた関係も、すべてがゼロに帰す。現実よりも豊かで鮮烈な感覚を与えるこの世界は、同時に残酷なまでの緊張を強いる。
味を失った現実と、命を賭けて味わう仮想現実。
人類は今、“生きる実感”をどちらの世界に求めるのか――。