あらすじ
雨の降る駅前ロータリーで、ひとりの女性は、この街を離れる最後のバスを待っていた。
隣に立つのは、傘をささない、かつて一緒に過ごした大切な人。
ふたりは引き止めも約束もせず、「帰りたいと思ったときに帰ってくればいい」という、やさしくて少し残酷な言葉を交わして別れる。
物語は、別れた直後のふたりそれぞれの時間を、静かに追いかけていく。
残る側の彼は、雨の止んだロータリーに立ち尽くし、終わりではなく「少しずつ減っていく気持ち」として別れを受け止めようとする。
去った彼女は、知らない街で新しい生活を始めながら、雨のあとに立ちのぼる匂いに、あの日の記憶と感情を重ねていく。
やがて彼女は、連絡できずにいた想いと向き合い、短いメッセージを送る。
それをきっかけに、ふたりの距離は、過去に戻るのではなく「今のままの自分同士」として、少しずつ近づいていく。
再会の日。
同じ街でも、同じ場所でもない、ちょうど真ん中の場所で、ふたりは再び並んで立つ。
ほとんど音のしない雨と、そのあとの匂いの中で、ずっと名前を持てずにいた気持ちに、ようやく正直な言葉を与える。
これは、別れをやり直す物語ではない。
離れた時間と、それぞれの生活を抱えたまま、形を変え続けてきた想いが、静かに名前を持つまでの物語。
「音じゃなくて、匂いでわかる雨」という、ふたりだけの感覚とともに、過去ではなく“今”として選び直される、ささやかな再出発の物語である。