あらすじ
結婚後に重い病を発症し、幼い息子を夫に託して離婚した「私」は、世間から母である資格を失ったかのように孤立していく。
周囲の視線は冷たく、友人も親族も静かに離れていった。
ひとりになった夜、私は宇宙について考え始める。
なぜ地球は回るのか。
なぜ一年は365日なのか。
なぜ時間は不完全なのか。
私は暦を書き直す。
1日は25時間、1週間は8日、1か月は28日で固定し、1年を13か月の364日にする。
余分な1日を削れば、緩んだ大気も、人の心も、少しは整うのではないかと本気で思う。
やがて私は、重力とは何かを考え続けるようになる。
それは引っ張る力ではなく、見えない大気が上から押さえつける力なのではないか、と。
思考は次第に現実を侵食し、私は地球がブラックホールに引き込まれるという確信に至る。
地球を救わなければならない。
そのためには天文学者に知らせなければならない。
そして同時に、息子に会いたいという衝動が膨れ上がる。
私は息子を連れて三日間の逃避行に出る。
山中湖、温泉、ハンバーガーショップ。
テラス席で、息子は言う。
「仁くんね、本当はママと暮らしたいの」
その言葉は、どんな宇宙理論よりも強い重力だった。
楽しかったはずの三日間は、やがて破綻へと向かう。
焦燥のなかで起こした行動により、警察が踏み込み、私は息子と引き離される。
壁とベッドの隙間に押さえ込まれながら、私はようやく理解する。
私を地上に引き止めていたのは、宇宙ではなく、
息子の体温だったのだと。
精神科への通院が始まり、時は流れる。
あのとき削ろうとした「1日」は、実は息子と過ごした三日間だったのかもしれない。
364日の地球の中で、確かに輝いていた三日間。
これは、宇宙に傾いた心と、
それでも消えなかった母の重力の物語。