あらすじ
誰かに必要とされた記憶が、ベアトリスにはない。
王宮で人事台帳を管理する毎日は地味で正確で、誰の目にも留まらなかった。 ある日突然、悪役令嬢の烙印を押されて婚約破棄と追放を同時に言い渡される。 送り先は辺境の騎士団。 届いた先にあったのは、記録も勤務表も交代制もない、崩壊寸前の駐屯地だった。
騎士たちは最後にいつ休んだかも覚えていない。 怪我人の数も、補給の不足も、誰も書き残していない。 ベアトリスにできることは一つしかない。聞いて、数えて、書くこと。 全員の勤務日数を一人ずつ記録していく。
三百六十日、ほとんど誰も休んでいなかった。 完成した勤怠表を見た寡黙な団長は黙り込み、やがて絞り出すように言った。 「俺は……こいつらにこんな働き方をさせていたのか」
記録が騎士団を変えていく。休息が生まれ、補給が届き、壊れかけた組織が息を吹き返す。 不器用な団長がベアトリスを手放すまいとする姿は、日に日に隠せなくなっていく。
一方、ベアトリスが辺境から送った正確な記録は、王都の帳簿に眠っていた矛盾を照らし出し始めていた。 追放を仕組んだ者たちが今さら何を言ってきても、もう遅い。
これは、数えることしかできなかった女が、数えられたことのなかった人たちの居場所を作る話。