あらすじ
この物語は、強さについて書かれたものではありません。
勝ち負けや段位、名誉の話でもありません。
五十年以上暮らした大阪を離れ、東京で暮らすことになった一人の男が、
失った時間と、失った場所の重さに戸惑いながら、
それでも自分であろうとする、その過程を記したものです。
武道は、私にとって競技ではありませんでした。
誰かに見せるためのものでも、誇るためのものでもありません。
ただ、立ち、呼吸し、型を打つ。
その繰り返しの中で、心のざわめきが少しずつ静まっていく。
それだけの営みでした。
禅や信仰もまた、答えを与えてくれるものではありません。
むしろ、問いを深くしてくれるものだったように思います。
「自分とは何か」
「なぜ、ここに立っているのか」
拳を握るたび、その問いだけが残りました。
この物語に登場する人物たちは、特別な人間ではありません。
迷い、立ち止まり、ときに言葉を失います。
それでも、型を崩さず、礼を忘れず、
静かに前へ進もうとします。
もしこの本が、
読者の方がご自身の立つ場所を見つめ直す
小さなきっかけになれば、これ以上の喜びはありません。
拳の先にあるのは、答えではなく、
自分に還るための静けさなのだと、
この物語を通して感じていただければ幸いです