あらすじ
砂漠の地下350メートル。
旧研究施設の定期点検のため、観測員の男は単独で縦穴エレベーターを降下する。地上との通信は砂圧により断絶され、厚い気密ハッチが閉じた瞬間、世界は異様な静寂に包まれる。
施設内では、天井の亀裂から微細な砂が降り続け、帰路は徐々に塞がれていく。出口を求めて動くほど、砂は流れ込み、空間は狭まっていく。男は、かつて実験事故により低代謝冬眠状態となり、この地下に「保存」され続けている女と再会する。
極度に乾燥した環境の中で、男の感覚は次第に変質していく。音は消え、代わりに自分の体内から発せられる心拍や血流の音が、耐えがたい騒音として意識を侵食する。一方、女の身体は乾燥に適応し、周囲の音を吸収するかのような沈黙をまとっていた。
地上に出れば、彼女の身体は急激に崩壊する――
男は研究記録と監視映像によって、その事実を知る。ここは牢獄ではなく、保存のための環境なのだと。
砂に埋もれ、閉じ込められ、逃げ場を失う中で、男の身体にも壊死と感覚喪失が始まる。しかし痛みはなく、恐怖は次第に薄れていく。代わりに訪れるのは、乾燥と静寂に満たされた奇妙な安定感だった。
生きることと壊れること、救済と固定、恐怖と安寧。
それらの境界が砂のように崩れ落ちるとき、男は「適応」ではなく「同化」という選択に辿り着く。
静寂は、優しいのか。
それとも、人間を人間でなくするのか。