あらすじ
「消えるのではない。お前がその音を殺すのだ」
音楽大学の最上階。冬の絶対零度が支配するレッスン室。
真鍮の管体に己の血を吸わせ、虚空を切り裂こうとするトランペッターの煉(れん)。
かつての光を失い、誰の弔いも受け付けぬ漆黒の柩(ひつぎ)を抱えるチェリストの万記(まき)。
二人の奏でる不協和音が、静寂に沈む校舎を泥靴で踏みにじる。
大学という清潔な鳥籠を追放され、辿り着いたのは、不完全燃焼の匂いが漂う備品倉庫。
互いの音を殺し、凌駕し、その果てに自分という個を「純粋な光」へと変換しようとする、狂おしいまでの執着。
「愛」などという生温い救いは必要なかった。欲しかったのは、すべてを白紙に戻すほどの絶体絶命の熱量だけだ。
舞台は音楽の聖域から、火花が飛び散る鉄工所の跡地へ。
一万度の熱量を孕んだアーク放電の青白い光の中、二人はついに、人間であることを辞める。
それは音楽の稽古ではない。自分たちの命が本物かどうかを確かめるための、公開処刑にも似た儀式。
これは、音という名の怪物に憑りつかれ、すべてを焼き切り、そして再生した者たちが、灰の中から「微かな体温」を見つけ出すまでの物語。
白熱の断頭台を経て、二人が辿り着く、静かな夜の「残熱」とは。