あらすじ
「自分は誠実な人間だ」
そう信じたい一方で、冷え切った妻との関係と、若き日に酷い言葉で別れを告げた元恋人への後悔を、主人公は心の奥に抱えたまま生きてきた。
仕事と家の往復だけの日々。
息が詰まるような現実から逃げるように、ある夜、彼はバイクを走らせる。
黄色信号の交差点――次の瞬間、意識は途切れた。
目を覚ますと、そこは見たことのない山々が連なる異世界だった。
言葉も文化も通じない世界で、戸惑う彼に声を掛けてきたのは、一人の若い女性だった。
最初は、ただ「どこか見覚えがある」と感じただけだった。
声や仕草、視線の向け方。
小さな違和感が、少しずつ積み重なっていく。
――似ている。
いや、まさか。
そんなはずはない。
だが、否定しきれない既視感が、ついに一つの答えに辿り着く。
彼女は、かつて自分が裏切り、傷つけた元恋人と、驚くほどよく似ていた。
混乱が収まらないまま、静寂を切り裂く電子音が鳴り響く。
圏外のはずのスマートフォンに表示された名前は――「妻」。
音声通話はできない。
だが、テキスト通信だけが、なぜか成立している。
異世界にいながら、現代日本と現実が途切れずにつながっていた。
未知の音を危険視した集落の長は主人公を拒絶する。
しかし女性は彼を庇い、全てを捨てて共に追放される道を選ぶ。
かつて自分が捨てた女と同じ顔をした存在が、今度は自分のために居場所を失ったのだ。
「それは、この世界に持ちこむべきものじゃない」
彼女の言葉が何を指すのか、まだ分からない。
ただ確かなのは、
目の前には過去の象徴が立ち、
ポケットの中では現在の責任が鳴り続けているということ。
これは、異世界でやり直す物語ではない。
逃げ続けてきた人生に、向き合わされる物語だ。