あらすじ

皇宮親睦祝宴 春、花が咲き乱れ、暖かい陽気が続くこの日。 貴族、そしてその子息が皇宮に華を添えた。 そして俺も、この日初めて皇宮に足を踏み入れた。 口には笑みを浮かべ、目も笑っているように細いのに、目の奥が決して笑ってない、薄気味悪い男が言った。 「お前は高位貴族と繋がれ。懐に入り込み、情報を、弱みを手に入れろ。 それは我々の武器となる。 お前と同じくらいの年齢の年若い令嬢も来ているだろう。相手はまだ子供だ。ペラペラ家門のことを話すように仕向けろ」 あの時、俺だってまだ8歳の子供だった。 薄気味悪い男――侯爵家当主であり、俺の親父。 あの時はまだ言ってることがよくわからなかった。 侯爵家と言えば聞こえは良いが、長い歴史の中で、欺き、知略、策略、裏切りを繰り返し、他家を蹴落として手に入れた爵位。それが俺の家、ザグル侯爵家だ。 ラミアは無知から知らないが、下位貴族は蠅のように群がり、高位貴族は警戒して近寄らない、そんな家門。 初めて皇宮に踏み入れた時、親父に子供が集う場に放り込まれた。 「あなた、綺麗ね。ザグル侯爵家なのね。私とお話して」 年若い、もとい若過ぎる令嬢に囲まれ、俺は辟易した。 俺より少し年上の2人の王子は会場から外へ出て、対決を楽しんでいた。 目を輝かせて。 何がそんなに楽しいのか。 当時もそう思った。今大人になってあの時の感情に名前をつけるなら――反吐が出る。 ザグル侯爵 「あれは先日爵位を継いだルード公爵だ。お前より1つ上だったか。今は皇宮預かりとなっている。 公爵家出身の令嬢が現在の皇后だ。仲良くして損はない。それに、いつかその伝手で我が家門も皇宮に上がれるかも知れん」 薄気味悪い笑い声を、俺は無感動に聞いていた。 ルード……世界の不幸を1人で背負ってる顔して、陰気臭いやつだな。 それが初めてルードを見た感想だった。 それから数年後、また行われた祝宴。 両王子は変わらず、対決をしている。会場をかき乱し、庭園へ行き使用人を困らせていた。 またか……何も変わらないな。 令嬢たちはようやくこの世界を理解し始めたのか、年に似合わない媚びを使う事を覚えたようだ。 たった数年。俺はまだまだ立派に子供だった。 まだ笑顔で流す術も、思ってもいない賞賛もできなかったし、したくもなかった。 いつか見た公爵を見かけた。 あの不幸を背負ったようだったあいつが笑顔でいた。 照れくさそうな、不器用な笑顔ではあったが、確実に不幸はもう背負っていなかった。 俺は何故か疎外感を感じた。 子供の頃から活発でも無ければ特に笑いもしない。 親父から笑顔を取ったような、薄気味悪い子供だったかもしれない。 親父が笑顔を貼り付け仮面を被り社交に夢中なうちに、庭園へ出た。 奥の方まで行けば誰もいなかった。 ただ時間が過ぎれば良い、そう思った。 早く帰りたい。いや、帰ったところでまたやらされる。 諜報、毒殺、解毒、拷問、隠蔽の方法。 あぁ、もちろん剣術もある。 だが、公爵家のように正々堂々騎士の誇りを持つとはもちろん違う。 相手に見られず背後から切る方法。 相手を瞬時に即死させる方法。 仮に大勢に囲まれても相手を殺し生き残る方法。 卑怯で良い。いや、卑怯こそ侯爵家らしい。 疲れたな。 そう思った時、遠くから声が聞こえた。 「皇女殿下ー。どちらですかー?」 その直後、近くの茂みから幼い子供が現れた。 質の高いドレス。あぁ、この子が皇女殿下か。だいぶ幼いな。 俺も子供だが、小さい子供は苦手だ。場も読まない。泣き声もうるさい。 ふぃ、と顔を背ける。 「こんにちは」 ぺこっと挨拶するラミア。 ロエル、驚きつつ―― 「……こんにちは」 ラミア 「ラミアです」 満面の笑み。 ロエル 「……ロエル・ザグルと申します。皇女殿下」 ラミア 「一緒に行こ」 ラミアはロエルの手を取った。 ロエル、戸惑う。 「あの、どこへ?」 ラミア 「あっち。えへへ」 ロエルは心の中で思う。 あっちは会場の方か……この皇女は俺をあの会場に連れて行く気か。 「皇女殿下ー。どこですかー」 ロエル 「……殿下、侍女がお探しです。侍女の元へお送りします」 ラミア 「行かない?」 ロエル 「行かない」 ラミア、悲しそうに 「何で?」 ロエルは視線を外し、 「侍女が心配してますよ。行きましょう」 そう言うと、ロエルはラミアを抱っこした。 そのまま侍女の所へ連れて行く。 侍女に感謝され、その場を離れようとするロエル。 ラミア 「今度は行く?」 ロエル、困ったように 「はい。今度は」 ラミア 「約束ね」 笑顔で小指を出す。 ロエルはその小さな小指に自分の指を絡ませる。 ロエルは困ったように笑い、 「はい。約束です」 風が舞い、花が咲き乱れる皇宮の庭。 八歳の少年は、初めて自然に笑顔を滲ませた――春の光に包まれて。 その日、ロエル・ザグルの心に、ほんの少しの温かさが残った。 それが、彼の幼い記憶にそっと刻まれる、春の小さな奇跡だった。

連載情報

ウェブ小説

配信言語
カクヨム
カクヨム2026/01/27
  • 現在の作品侯爵家の影に生きる僕の初めての笑顔