あらすじ
交番勤務の警察官である主人公には、ひとつだけ分かってしまうことがあった。それは――本来なら110番が鳴るはずだったのに、誰も通報しなかった瞬間だ。
住宅街、商店街、集合住宅。事件と呼ぶには小さく、相談と呼ぶには重い出来事が、通報されないまま積み重なっていく。被害者は「警察を呼ぶほどじゃない」と口を閉ざし、周囲も「またか」で流し、警察もまた“正しい対応”を繰り返す。
だが主人公は知っている。正しさが、次の沈黙を生むことを。動かなかった判断が、声を押し殺す側に回ってしまうことを。
ある夜、再び訪れる「通報されなかった感覚」。主人公は法にも記録にも残らない選択をする。ただ立ち止まり、声をかけるだけの行動を。その先にあったのは、事件でも救出でもない、ただ「誰かが初めて声を出した」という事実だった。
これは、正義を振りかざす物語ではない。事件になる前の沈黙と向き合い、それでも立ち止まろうとする警察官の、静かで現実的なドラマである。