あらすじ

裏路地の奥、看板すら出していない店がある。  カウンター六席。それだけの空間。そこに、女が一人。栗本泉。年齢は誰も知らない。切れ長の目。結い上げた黒髪。白い割烹着の袖口から覗く手首が、妙に細い。  彼女には、過去がある。料理人だった夫に裏切られ、多額の借金を背負わされた。店を開く夢も、貯めた金も、全て奪われた。残されたのは、夫のレシピノートと、「ごめん」と書かれた便箋一枚。  それでも泉は、店を開いた。夫の代わりに。夫が夢見た店を。  ここに来る客は、皆、何かを抱えている。定年を前に疲弊した教師。理不尽な上司に怒鳴られる営業マン。孤独に苛まれる編集者。彼らは、黙って座り、黙って食べ、黙って帰る。  でも、確かに何かが、ここで起きている。  料理を通じて。沈黙を通じて。包丁が俎板を叩く音を通じて。  藍色の暖簾が、今夜も風に揺れている。

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カクヨム
カクヨム2026/01/25
  • 現在の作品【割烹短編小説】藍色の暖簾が揺れるとき ~泉の夜(よ)、包丁の音(ね)~(約18,000字)