あらすじ
新人一年目 × ほろ苦い青春
動くことのない桜の木は、今日も海の中幼稚園の園庭に立っている。
人間にとっては別れの季節と呼ばれる三月も、桜にとってはただ巡る時間の一部だ。
四月一日、新年度。
桜の木の前で行われる職員紹介の中に、新人教諭・あおさのりこの姿があった。
「早く覚えて、戦力になりたい」
そう語る彼女は、勢いだけでこの場所に飛び込んできたようにも見える。
物語は、桜、喉、カメラ、色鉛筆、靴、体温計――
園に存在する「物」や「場所」の視点を通して、あおさのりこの一年を断片的に映し出していく。
声が出なくなる朝。
記録される保育室の風景。
無駄に見える仕事に費やされる時間。
叱責と沈黙。
置き去りにされる足音。
懸命に保育と向き合いながらも、組織の論理と期待にうまく馴染めないあおさのりこは、少しずつ痩せ、静かに追い詰められていく。
そして年度末。
園門の前で頭を下げ、彼女はこの場所を去る。
次の日から、あおさのりこは門をくぐらない。
それでも幼稚園は誰かを迎え、誰かを送り、時間は進む。
動かない桜の木は、ただ蕾を開花させていた。
これは、成功でも成長でもない。
「泳げなかった一年」を、場所に預ける物語。