あらすじ
高度を下げはじめる主翼の下、短い秋の残像が暗闇に溶けていく。静かで、少しだけ輪郭が滲んだ夜景。
「皆さま、当機はまもなく着陸態勢に入ります。到着予定時刻は午後10時30分を予定しております。シートベルトを腰の低い位置でしっかりとお締めいただき――」
機内放送は、途切れずに流れていた。
着陸の衝撃は小さく、窓の外の灯りだけが一瞬揺れた。通路に立つ人のコートが擦れる音。荷物棚が開く音。降りる順番を決める声はないのに、列だけがゆっくり形になる。
到着ロビーの自動ドアが開くたび、冷たい空気が薄く入り込む。迎えの札、キャリーの車輪、靴底の乾いた摩擦。誰かの笑い声が壁に当たって戻る。
「意味なんか、あってもなくてもいい。後からついてくるかもしれないし、いくらでも変えられちゃうのかもしれない。あと、コーヒーはここに置いておくね。」
レジの前で折り返す声。自動ドアの音。遠くで車が一台、ライトを落として待っている。缶コーヒーの結露が白線ににじむ。紙カップのふたが、指先で一度だけ鳴る。
先に開けた方が先に飲む、みたいな決まりはない。けれど、置かれる位置だけはいつも同じで、息の白さも同じ速さでほどけていく。言葉は、それ以上進まないまま。
「いらっしゃいませ。」
「あーごめんごめん、それじゃなくてあっちのにしてくれないかな」
「あ…はい、わかりました。すみません…。」
ここに残るのは、意味じゃなくて作法。
二人は同じ意味を見ない。けれど、同じ場所で止まれる。
それだけが、残っていた。それで、今夜は静かに終わる。