あらすじ
透明な椅子
そこに椅子がある。
誰も座らない椅子がある。
朝いちばんの光が
背もたれを透かして
床に骨の影を落とす。
会議室では
名前が呼ばれない。
資料だけが歩いていく。
拍手は
いつも別の方向に向けられる。
僕はそこにいた。
確かに座っていた。
体温も、
ため息も、
言いかけて飲み込んだ言葉もあった。
けれど椅子は
透明だった。
誰かが言う。
「いなくても回るよ」
世界は器用に
空席を空席として扱わない。
空白は
最初から無かったことにされる。
それでも
木目は消えない。
重さもある。
きしむ音だって
確かに鳴っている。
ある日、
僕は立ち上がった。
誰にも気づかれないまま。
椅子だけが
そこに残った。
透明だったはずのそれが
夕暮れに染まり、
くっきりと
影を持った。
空いているのではない。
選ばれていないのでもない。
ただ
もう、
座らないだけだ。
椅子は
待っていない。
待たない椅子は
透明にならない。
そこにある。
動かない。
奪われない。
光の中で
はじめて
輪郭を持つ。