あらすじ
「俺は、何のために生きてるんだろうな……」
うだつの上がらない会社員・矢木にとって、人生はただ時間を切り売りするだけのルーチンに過ぎなかった。
そんな彼を救ったのは無名の歌い手・ロロだった。
新進気鋭の配信プラットフォーム『V-alhalla(ヴァルハラ)』にて、まだフォロワーも少ない過疎配信の中、ひたむきに夢を追う彼女。その透き通るような歌声に触れた瞬間、矢木の止まっていた人生は再び動き出す。
ロロが名前を呼んでくれるだけで、事務的に消費されるだけだった自分の名が、特別な記号へと変わる。彼女の夢を叶えることこそが、何者でもない自分の人生を肯定する唯一の手段だと、矢木は確信した。
しかし、人気上位を目指すランキング争いは熾烈な戦いである。強力な『石油王』たちを抱えるライバルに勝つためには、薄給の矢木の献身だけでは限界があった。
そんな時、彼の目に留まったのは『ライフブースト』という名の甘い誘惑。それは、厳しい審査なしで高額スパチャを可能にする、運営独自のローンサービスである。
担保にするのは金銭ではない。利用者の未来――すなわち『幸せの前借り』である。
「俺の未来にどれほどの価値があるかは知らない。だが、それでロロの夢が買えるなら……」
悪魔との契約を交わし、矢木は『石油王』として君臨する。
推しからの特別な認知、他のファンを圧倒する優越感。現実というクソゲーで何を失おうと、画面の向こうに自分の居場所があるなら、それでいいはずだった。
しかし、ライフブーストを利用するたび、彼の周囲では奇妙な違和感が膨らんでいく。
会社の上司が自分の名前を呼べなくなり、道ゆく人々は自分など存在しないかのように肩をぶつけてくる。世界から彩りが失われ、砂を噛むような虚無感と疎外感が、じわじわと彼を侵食していった。
そして冷たく響く通知音。
【警告:ライフブーストの利用限度が迫っています】
『未来』の残高があとどれほど残っていて、それが底をついた時、代わりに何を差押えられるのか――その時の彼は、まだ知る由もなかった。