あらすじ
都会の片隅、夜明け前にだけ現れる「無銘文具店」。そこでは、人生に行き詰まった者に“現実を書き換える文房具”が売られる。IT企業に勤める佐伯は、致命的な仕事のミスをなかったことにするため、店主・九条から渡された品を使い、世界を修正する。翌朝、記録も記憶も完璧に書き換えられていた。しかし後輩の瀬戸だけは違和感を覚え、消えたはずの事実を追い始める。
保身と罪悪感の狭間で揺れる佐伯は、さらに修正を重ねることで平穏を守ろうとする。だがそのたびに、周囲の人間は感情や誇りを少しずつ失い、世界は静かに“整いすぎた箱庭”へと変質していく。瀬戸もまた、記憶の矛盾に苦しみながら店へ辿り着き、違和感を消すか、自らの誠実さを守るかの選択を迫られる。
九条は善悪を示さない。ただ望みを差し出し、選ばせるだけだ。救いに見えた力は、人の意志や尊厳までも削っていく。やがて佐伯は悟る。修正されているのは過去ではなく、人間そのものなのだと。
書き直せるはずの人生の先で、彼らが守ろうとするものは何なのか。これは、救済と代償の境界を描く、現代幻想の心理スリラー。