あらすじ

人生とは、長い道のりである。 命短し恋せよ乙女というのであれば、私は命短し走れよ漢MENとでも言っておこう。 バイクは人生そのものだ。風を受けて走る時間は、自分と向き合う時間でもある。 午前3時、横浜を出発する。バイカーの朝は早い。なぜなら、この神奈川という地は非常に渋滞の悪い恩恵を受けやすい土地だからだ。 東京のベッドタウン。ほぼミッドナイトな時間でもバイクの排気音が鳴り響く——。 こんなのが許されるのは人口過密都市か、カエルが咽び泣く田んぼのど真ん中のポツンと一軒家なのではなかろうか。 目指す先なんて言うのはどこでもいいが、強いて言うならば気の向くままに走るがいいだろう。 基本下道派の私だが、高速に乗るポイントは要所要所で決めている。 主要国道が強い所は下道で行く。とはいえ神奈川や東京、大阪なんかの信号が多く車どおりが多い様な所では問答無用で高速に乗っかる。というような明確なルール化はしている。 下道は、人生でいえば「寄り道」に近い。無駄に見えるかもしれないが、コンビニで買った缶コーヒーや、信号待ちの間に見上げた夜明けの空が、心に残ることもある。渋滞に巻き込まれ、苛立ちながらもふと見かけた小さな神社や古びた食堂が、旅の印象を決定づけることすらある。効率だけを求めていたら出会えない風景や人間模様がそこにはある。 一方で高速道路は、効率重視の人生そのものだ。料金所を通れば確かに早い。景色は流れ、物語は少ない。だが確実に前に進める。人生にも、そんな直線が必要なときがある。 結局のところ、人生は「寄り道」と「効率」の選択の繰り返しなのだろう。下道に降りるか、高速を突っ走るか。どちらを選ぶかで、旅はまったく違う表情を見せる。そしてその決断が、人生をどんな物語に変えるかを決めていく。 もっとも、ルールを決めてはいるが、気まぐれで破ることもある。計画どおりに走っていたはずが、突如「この道の先には何があるのか」と好奇心に負けて曲がってしまう。予定は狂うが、その先に想像もしなかった出会いや風景が待っている。 だからこそ、旅も人生も、型に嵌めすぎてはいけない。ルールはある。しかし、破る自由もまた人間の特権なのだ。

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小説を読もう2026/02/14
  • 現在の作品バイクと旅する漢の人生論