あらすじ
宮前トオル、二十七歳。彼には誰にも言えない秘密があった。
昼間は「就活中」と偽って安アパートに引きこもる無職の男。しかし夜になると、彼は国民的人気Vtuber『天城カイト』として、数十万人のリスナーを熱狂させるトップストリーマーに変身する。
活動三年、登録者数八十七万人。グッズ売上は年間数億円。所属事務所からの収入は、一流企業の役員すら超える。
それでも彼が「無職」を装い続けたのは、幼なじみの恋人・美雪のためだった。「安定」を何より求める彼女に、理解してもらえる自信がなかったのだ。
「トオル、私……話があるの」
雨の夜、ファミレスで切り出された言葉は、彼の予想をはるかに超えていた。
「あなたと一緒にいると、将来が不安。私は普通のサラリーマンと結婚して、普通の家庭を築きたいの」
美雪の隣には、スーツ姿の男が立っていた。同じマンションに住むエリート商社マン・田所。年収千二百万、三十歳で課長代理。
「君のような無職の人と、美雪さんの未来はありませんよ」
田所は勝ち誇ったように微笑んだ。
トオルは何も言えなかった。言えなかったのだ――あなたが隣に立つその男の年収など、俺の月の収入にも満たない、と。
二人が去った後、トオルはスマホを開いた。天城カイトのマネージャー兼、幼馴染であり親友のヒカリからのメッセージ。
『次の配信、告知出たよ。なんと同時接続、過去最高更新の予感! それと、あの大人気ゲーム実況者のシロちゃんからコラボのオファー来てる。返事どうする?』
トオルは、ゆっくりと打ち返した。
『全てOKで。それと――新しい企画をやりたい』
『どんな?』
『「元カノの新彼氏、実況してみた」』
その夜、天城カイトの配信は、いつもと違っていた。
彼は語り始めた。無職の男として生きる青年の孤独、叶わなかった初恋、そして裏切りの夜の出来事を――もちろん、個人が特定されないよう細心の注意を払いながら。
リスナーたちは沸騰した。
『なにそれクソ彼女www』
『年収千二百万でドヤってるの草』
『でもこのカイトさんの語り方、めっちゃリアルなんだけど……』
翌朝、トオルの元にヒカリから緊急の連絡が入る。
『大変! あんたの配信、バズりまくってる! トレンド一位! それと――』
『それと?』
『美雪が事務所に来た。会いたいって。田所も一緒に』
トオルは鏡の前で、ゆっくりとスーツに袖を通した。
――そういえば、このスーツを最後に着たのは、事務所との契約時だ。年収が二桁違うことを、美雪に伝えるために呼び出したあの日。
結局、彼は伝えられなかった。
でも今は――伝える時だ。
「天城カイト」という名の、真実を。