あらすじ
「……アリス、今度こそ最後よ。準備はいい?」
魔王城の最深部。重厚な禍々しい扉を前に、聖女エルナは震える声で尋ねた。彼女の背中には、彼女自身の体重ほどもある特大のバックパックが背負われている。中身はすべて、この隣に立つ男の「忘れ物」の予備だ。
「ああ、もちろんだよエルナ。僕の記憶は今、かつてないほど鮮明だ。魔王を倒し、世界に光を取り戻す。その決意だけは、道端に落としてきたりはしていない」
勇者アリスは凛々しく微笑み、腰の鞘に手をかけた。白銀の鎧が魔法の灯火に反射し、伝説の勇者にふさわしい輝きを放つ。
「よし。じゃあ、聖剣を抜いて。その輝きで扉の結界を解くのよ」
「任せてくれ。……いざ、聖なる光よ!」
アリスが勢いよく右手を引き抜いた。
しかし、響いたのは「シャキーン」という鋭い金属音ではない。
「スカッ」
という、虚しい空振りの音だった。
「……アリス?」
「……エルナ」
「右手、何も握ってないわね」
「ああ。……どうやら聖剣、さっきの宿屋の枕元に置いてきたみたいだ」
沈黙が流れる。魔王城の廊下に、遠くで鳴る魔物の咆哮だけが虚しく響いた。
「……アンタねぇ!! あれだけ出発前に『剣持った?』って聞いたわよね!? 『持った』って言ったわよね!?」
「いや、持ったんだよ! 鞘は! ほら、鞘だけはあるから、感触的に持ったと誤認したというか……」
「鞘で魔王が倒せるかぁぁぁ!!」