あらすじ
子どもの頃、「ムッシュ(無臭)」と呼ばれていた男は、存在の薄さに劣等感を抱いていた。
大人になった彼は、「あなたの匂いに惹かれた」と告白してくれた女性と結婚し、父となり、家庭を築く。匂いこそが、自分の存在を証明するものだと信じて。
ある日、周囲の視線や息子の態度に、わずかな異変が生じる。自分では感じ取れない体臭への不安。医師は異常なしと診断するが、家族との距離は確実に変わっていく。
やがて皮膚に現れた異様な兆しとともに、男は気づく。
自分が匂いを放っているのではない。匂いこそが、自分という存在を形作っていたのだと。
身体と心理の境界が崩れていく中で、「存在」とは何かを問いかける、静かな侵食のホラー。
(ホラー短編賞応募作品)