あらすじ
――来たよ!
――しっ、静かに。
――マジなのかな……。
「ん?」
おれは思わずぽつりと声を漏らした。朝、オフィスに足を踏み入れたその瞬間だった。ざわついていたはずのフロアが潮が引くように静まり返り、同僚たちが一斉にこちらを見たかと思うと、ひそひそと声を潜め始めたのだ。
一瞬、何かのサプライズがあるのかと思った。だが悲しいかな、おれはただの平社員。昇進の気配もなければ、表彰されるほどの功績もない。誕生日でもないし、異動の内示が出る時期でもない。いったいなんだろうか。それとも、ただの気のせいか。あるいは……いや……。
「な、なあ……」
考え込んでいると、周囲から背中を小突かれるようにして、一人の男が押し出されてきた。田口だ。陽気な男で、普段は軽口ばかり叩くくせに、今は妙に肩をすぼめ、おずおずとした足取りでおれに近寄ってきた。