あらすじ
名を呼ばれなかった“何か”と接触した少女・梓は、日常へ戻った――はずだった。
朝の音、登校風景、教室のざわめき。世界は変わらない。
だが、彼女だけが気づいてしまう。
「それ」は、もう遠くにいない。
胸の奥に潜んでいたはずの存在は、触れない距離まで近づき、
いつの間にか“同じ空間にいる前提”で振る舞い始めていた。
呼んでいない。名も与えていない。
それでも、声は知っている口調で語りかけてくる。
境界は、意志で決まる――そう信じていた。
だが揺れ続ける境界は、梓の選択を待つどころか、
「選ばない」という態度そのものを侵食し始める。
予感は現実より先に訪れ、
避けたはずの危険は「避けさせられた」感覚に変わる。
守られているのではない。
都合よく配置されているだけだと、梓は理解し始める。
旧校舎。
かつて境界が最も薄かった場所で、ついに“それ”は彼女の名を呼ぶ。
完全ではない。だが、逃げ道を残さない呼び方で。
名を呼べば、定まる。
呼ばれれば、引き受ける。
では、呼ばないまま揺らし続けた結果は何か。
それは、共存ではない。
理解でも、共有でもない。
弱い意志を足場に、世界へ入り込むための準備だ。
これは、怪異に名前を与える物語ではない。
名前を呼ばせようとする“何か”に、
少しずつ生活を明け渡していく物語。
境界は、もう揺れていない。
静かに、定まり始めている。