あらすじ
「おはよう、真白さん」
「あれ、窓に映ってた?」
「いい香りがしたから」
「相変わらず天文くんは鼻がいいね」
窓の外を見ていた僕が右隣の席に目を向けると真白香子は苦笑した。
「今日も学校はいいね。人がいっぱいいて」
真白さんの声は大きくもなく声色も穏やかだが、ざわついた教室でも隣の席に座る僕へとしっかり届く。
「そういえば駅からちょっと歩いたとこに公園があるでしょ。ほらコンビニの向こう側」
「ああ、聞いたことはあるな」
「そこにあるんだよ、あの木」
「どの木?」
「この木」
真白さんは左の手首を裏返して天井に向けた。そして右の手でこちらへ小さくあおぐ。
かすかに甘い香りがした。
「どっかの放課後で見に行かない?」
始業のチャイムが鳴った。それでも彼女の声はきちんと僕の耳に届く。
がらりと変わった教室の空気に、優しい香りだけがかすかに残っていた。