あらすじ

二〇九五年の東京。環境破壊により雪は降らず、月は見えず、花も咲かない。気象学者・橘樹(たちばな いつき)は「降雪再現プロジェクト」の責任者として人工的に雪を降らせようとするが、成功しない。彼の胸には、五歳のとき母と見た最後の雪、十歳で見た最後の月、十一歳で見た最後の花の記憶が残っていた。  ある日、橘樹は書店で若い小説家・白石凛と出会う。彼女は見たことのない「雪」を小説に描こうとしていた。凛に乞われ、橘樹は雪・月・花の記憶を語り始めるが、凛はそれを理解できない。実際に見たことのない彼女にとって、橘樹の語る「静寂」や「白の輝き」は想像するしかない遠い世界だった。  それでも凛は彼の言葉をもとに小説『雪月花』を書き上げる。しかしその作品は「正確だが、リアリティがない」と酷評され、凛は絶望する。「言葉だけでは伝わらない」と。橘樹は彼女を励まそうとしながら、「雪は君に似ていた」「月は君の瞳に」「花は君の笑顔に」と次々と嘘を重ねてしまう。それは本当ではなかったが、彼にとって唯一の救いでもあった。  やがて凛は別れを告げ、「あなたの嘘も、本物の感覚も、私には届かない」と去る。プロジェクトも失敗し、雪も月も花も戻らなかった夜、橘樹は凛宛てに手紙を書く。 「雪は君に似ていた。これは嘘だ。でも、この嘘が、僕の愛だ」  数日後、凛から返事が届く。「あなたの嘘を受け取りました。美はもう存在しない。でも、あなたの嘘が、美として残りました」。 灰色の世界で、橘樹はその手紙を読んで涙する。雪は降らないが、彼の嘘だけが、愛として世界に残った。

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エブリスタ
エブリスタ2026/02/07
  • 現在の作品花のない月、雪のない夜