あらすじ
「なんでもいい」
それが、社長・**上野昇(うえの のぼる)**の口癖だった。
小さい頃、家は貧しかった。
親は朝から晩まで働いていて、
昇は早くから「我慢すること」を覚えた。
欲しいものを聞かれても、
行きたい場所を聞かれても、
昇は決まって、こう答えた。
「なんでもいい」
それが一番、
迷惑をかけない答えだと思っていた。
学生時代も、そうだった。
友達を作ろうとはしなかった。
恋愛もしなかった。
誰かと深く関わるより、
一人でいる方が楽だった。
――いや、正確には
どう関わればいいのか分からなかった。
社会人になってからは、
ひたすら働いた。
結果だけを出し続け、
気がつけば社長になっていた。
部下はいた。
金もあった。
肩書きもあった。
だが――
友達はいなかった。
恋人も、いなかった。
部下に飲みに誘われても、
誰かに紹介話を持ちかけられても、
「……なんでもいいよ」
昇は、そう言って
いつも一歩、引いた。
選ばなければならない時。
自分の気持ちを出さなければならない時。
昇は、決まって逃げた。
このままじゃいけない。
さすがに、それくらいは分かっていた。
そう思いながら、
仕事帰りの夜道を、一人で歩いていた時だった。
ふと、足を止める。
「……こんな店、あったか?」
街灯の影に、
一軒の古ぼけた店が、ひっそりと佇んでいた