あらすじ
【プロローグ】
愛は、与えるものだと思っていた。
少なくとも、私はそう信じてきた。
宗像佳史、三十五歳。
結婚九年目の、どこにでもいる会社員。
朝起きて、仕事に行き、帰宅し、犬にだけは名前を呼ばれる。
それだけの毎日。
誰かを大切にしたい。
ただそれだけなのに、その行き場がない。
胸の内に溜まったままの愛は、使われないまま、形を失っていく。
――自分は、ここに居る必要があるのだろうか。
その問いが、消えずに残っていた。
一方で、彼女は満たされていた。
少なくとも、外から見れば。
佐伯希菜、三十一歳。
富裕層の妻で、三人の子の母。
誰もが羨む立場にいて、誰もが期待する役を演じている。
けれど、彼女は知っていた。
満たされることと、愛されることは、まったく別だということを。
見てほしかった。
ただ、私を。
壊れるほどに。
与える愛と、欲する愛。
その形が、偶然にも噛み合ってしまった場所。
それが、画面の向こう側だった。
これは、始まってはいけなかった関係の話ではない。
終わらせることができなかった、感情の話だ。
――情動は、深層に沈み、やがて澱となる。
それでも、人は、触れてしまう。