あらすじ
灼熱の八月、廃業した「ホテル・アイビス」の屋上プール。かつて画家を志した清掃員の朔は、数年分の絶望のような泥を掻き出していた。そこに現れたのは、かつてピアニストを目指していた事務員の真昼。二人は名前も交わさぬまま、社会という巨大な圧搾機に磨り潰された者同士の、静かな諦念を共有する。
季節は巡り、日常へ戻った二人にはさらなる試練が訪れる。朔は友人の鬱を、真昼は家族の呪縛を。だが、朔はゴミ収集の現場で「人間の営みの痕跡」に祈りを見出し、真昼は空虚な胃痛の中に「生の証」を見出す。春、死と汚濁を覆い隠すように咲き誇るカラシナと桜の下で、二人は別々の場所で、あの日静止した波紋をお守りにして、冷酷で美しい世界へと踏み出していく。