あらすじ
「ふふ、ほーら、パパが帰ってきまちたよお。ふふふ……あっ、ほら、あなた、どうしたのよ。この子に『ただいま』は?」
「あ、ああ……ただいま」
「もう、なに緊張してるのよ。自分の娘なのに、変なパパねえ。ねー。ふふ……」
夜、家のリビング。ソファに腰かけた妻は、娘を胸に抱き、機嫌よく揺らしていた。おれはその光景にそっと後ずさった。喉が渇いたなあ――言い訳めいた呟きをこぼし、冷蔵庫へ向かった。
ドアを開けた瞬間、棚に並ぶ飲み物を前にして、まるでパズルを前にしたかのように、何を取ればいいのかわからなくなった。頭の中は真っ白で、冷気だけがやけに心地よい。しばらく突っ立ったまま動けなかった。
結局、何も取らずに静かにドアを閉じた。ゆっくりと振り返ると、妻は娘の小さな腕を持ち上げ、おれに向けてひらひらと手を振らせていた。おれはまたもや、何をすればいいのかわからなくなった。どんな顔を作ればいいのかすらも。
あの猿に向かって――。