あらすじ
2,800円のフライパンを買った。特別な機能は何もない。けれど、それを使ってから台所に立つのが楽になった。失敗しにくく、手入れもいらない。そこにあるのは、やる気を必要としない「生活の静かな肯定」だった。
ふと見れば、台所の隅には「焼き入れ」だけして放置された中華鍋が眠っている。かつて友人と熱く語り合った、道具の扱い方や通過儀礼。私たちはいつの間にか、料理をすることよりも、その工程を「語れること」を重視してはいなかったか。
道具が語るための装置にすり替わり、生活よりも話題が優先される状態。それを私は「中華鍋症候群」と名付けた。 SNSでの共有や丁寧な暮らしの呪縛から離れ、何も象徴しない、けれど確かな手応えのある道具を選ぶ。現代特有の「語り疲れ」に効く、ささやかな生活の処方箋。