あらすじ
元公務員の志摩健三(72歳)は、三年前、最愛の妻・ハナを亡くして以来、外界との繋がりを断ち、セピア色の静寂の中で生きていた。彼の日常は、仏壇への乾いた「ひとりごと」と、狂いのない柱時計の音だけ。
そんな三回忌の日、健三の前に一匹の三毛猫が現れる。妻と同じ「ハナ」と名付けたその猫は、翌朝から不思議な「お土産」を運び始める。失くしたはずのボタン、ネモフィラのしおり……。それらはすべて、健三がかつて適当に聞き流してしまった、妻とのささやかな思い出の欠片だった。
猫に導かれ、三年間埃を被っていた靴を履き、思い出の丘へと踏み出す健三。そこで知ったのは、妻が最後の一筆を入れられずに遺した「未完成の風景画」の存在だった。
不器用な老紳士は、猫と共に筆を執る。止まっていた時間は、茜色の絵の具とともに鮮やかに動き出す。丘の上で迎えるクライマックス、そして猫が残した「最後の奇跡」とは――。
独り言が、いつしか明日への希望に変わる。
喪失の淵に立つすべての人に贈る、再生と愛の物語。