あらすじ
卵焼きを巻く音、妹の寝ぼけた「あと五分」、校門の喧騒。高校生・かなたの日常は、驚くほど整っている。母の不在を「いつものこと」として受け止め、家の朝を回し、教室の歯車に馴染んでいく――その平穏は、あまりにも静かで、だからこそ壊れやすい。
ある日、図書室を探す制服の少女・さなえが現れ、言葉の端に“この世界のつじつま”を揺らす気配を残す。さらに、転校生マックスのまっすぐな感性が、かなたの胸の湿り気を言い当てる。ところが次の朝、同じ会話が、同じ景色が、同じ木曜日が、何事もなかったように戻ってくる。周囲の記憶だけが自然に塗り替えられ、彼だけが“昨日”を抱えたまま取り残される。
守りたいのは、平凡な笑いと、誰にも知られず差し出される親切と、確かにそこにいたはずの存在。けれど世界は、間違いを正すみたいに静かに修正を始める。忘却に抗うほど、日常は薄くなる。――それでも、選ぶのか。問いだけが、胸の奥で消えずに疼き続ける。