あらすじ
時代が、激しくうねり始めていた。 「新しい女」「自由恋愛」——紙面を躍る勇ましい見出しを横目に、私は独り、古びた価値観の檻に立ち尽くしていた。
家の名を汚さぬよう、ただ「賢く、従順に」と育てられた私。親の定めた婚約に疑いを持つことさえ知らず、決められた轍(わだち)を歩んできた。 けれど、坂本理光(みつあき)は違った。 洋装に身を包み、新時代の濁流を泳ぐ彼にとって、私のような「旧時代の遺物」は、もはや隣に置くべき存在ですらなかったのだ。
眩(まばゆ)い光が溢れる、夜の舞踏会。 彼は一度も私と目を合わせることなく、目の前で、別の女をその腕に抱き寄せた。 華やかな旋律の中で、私はようやく悟る。 ——これは、言葉のいらない、残酷な別れの儀式なのだと。
忘れ去られてゆく者の、静かな独白。 これは、ある“旧き婚約者”の物語。