あらすじ

「死なせない。――お前は私の非常食だ」 紅月の古城に住む令嬢、ルキはそう言い放った。 言葉は傲慢で冷たいのに、差し出す手だけは、どうしようもなく優しい。 冷たい雨の匂いが、私の肺の奥にまで染みついていた。 治る見込みのない病を抱えた私は、咳をするたびに世界が少しずつ遠ざかっていくのを知っていた。 人の優しささえも、いつか返せない借りになる。 だから私は、できるだけ静かに終わりたかった。 あの日、私は雨の中で倒れた。 そして拾われた。 最高級の寝台。温かいスープ。毛布の代わりに掛けられたマント。 「勘違いするな。腹が減っていただけだ」 そう言いながら、彼女は私の背を支え、咳に慌て、熱に眉をひそめる。 冷たい言葉と、過剰なほどの手当て。 その矛盾が、胸の奥に小さな火を灯した。 けれど、少しずつ気づいてしまう。 私が指先を切っただけで、彼女の視線が一瞬だけ鋭く濁ること。 暗い部屋で、赤い瞳だけが妙に眩しく見えること。 呼吸の合間に、喉が小さく鳴ること。 ――何かが、おかしい。 そして私も、おかしいのだ。 この古城の温かさに甘えるほど、私の病は現実になる。 長くはない命を抱えたまま、笑って、食べて、眠って、明日を約束するのは、あまりにも怖い。 美しいものほど、失うときに音がするから。 さらに彼女の背後には、見えない圧力がある。 家名。血。誇り。 私には触れられないはずの世界が、彼女の肩に重くのしかかっている。 それでも彼女は言う。 「死なせない」――その言葉だけで、世界を押しとどめようとするみたいに。 私は、この美しさをまだ失いたくない。 だから、祈る。 どうか、明日も。 夜にだけ昇る太陽が、私を照らしてくれますように。 余命わずかな少女と、彼女を「非常食」と呼ぶ吸血鬼令嬢が、 互いの終わりとわがままを抱えたまま寄り添っていく、少しビターな百合ファンタジー。

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カクヨム
カクヨム2026/01/21
  • 現在の作品夜にだけ昇る太陽 ――『お前は私の非常食だ』と言い張る吸血鬼は、余命わずかな私をどうしても死なせてくれない